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大阪地方裁判所 昭和24年(タ)49号 判決

原告 寺田一郎(仮名)

右代理人 野村正(仮名) 外二名

被告 寺田英雄(仮名) 外一名

主文

原告と被告とを離縁する。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

その方式並に趣旨より真正に成立したものと認められる甲第二号証(戸籍謄本)によると原告とその妻たね(明治十〇年○月○十○日生)は昭和二十年○月○十○日に被告と養子縁組をしている事実を認めることができる原告はたねが被告と離縁することを反対するため、単独で本件離縁の訴を提起しているが養親夫婦が共に生存している場合に提起せられる離縁の訴に於て養親夫婦が共同当事者となることを要するか、即ち右は必事的共同訴訟であるか否かについては直接法文上の根拠がなく解釈上争いのあるところであるから、必ず本訴の適否を判断することとする。

現行民法は個人の意思を尊重し夫婦といえどもできる限り独立者として取扱うことを原則としているに拘らず、その第七百九十五条において配偶者のある者はその配偶者と共にしなければ養子縁組ができない旨を定め、夫婦の一方が単独で養子縁組をすることを禁じているのは、単独の縁組は家庭不和の原因となり易いことでもあり、又養子縁組をすれば他の一方又は実子の相続分が害されるからであると解される。しからば縁組の場合はどうであろうかということを考えるに離縁原因そのものが家庭不和の原因となることは多いが夫婦の一方のみの離縁自体が家庭不和の原因となることは比較的少なく、その反面夫婦の一方に正当な離縁事由が存在しても他の一方が同調しないときは離縁することができなく養親子関係を継続していくことが強制されるということになれば、そのこと自体も家庭内紛争となるべく、その可能性に於て前の場合と軽重がないし、又夫婦一方の離縁によつて他の一方が財産上多少の影響を受けることは免れないところであるがそのため直接相続分が害されることはないのである。従つて家庭平和の維持とか、相続上の地位の保護という面から考察するときは、離縁の場合に前記民法の原則を譲歩させて迄夫婦の共同を強制しなければならないとするが如き実質的理由がないのである。

民法第七百九十五条は養子となるべき者に縁組の日から養親双方間の嫡出子と同一の身分関係を取得させようとする趣旨に外ならないところ、婚姻継続中の養親の一方が単独で離縁できるものと解するにおいては、右規定の精神に反する結果となるから、離縁にも夫婦共同の原則が適用されるとの説もあるが、養子縁組に夫婦共同原則を採用したのは右の如く養子に養親双方の嫡出子たる身分を取得させる目的のためであると断定できるか否かについては相当疑があり、右夫婦共同の原則は養親夫婦のみについての定めではなく、養子夫婦についても、ひとしく適用される原則であることからみると、むしろ前述の如く家庭平和の維持、相続上の地位の保護等を目的としているものであつて、縁組の結果養子が養親双方間の嫡出子たる身分を取得するのはその反射作用に過ぎないものと解するのが相当であると考えられるのである。養親子関係は実親子の如く自然の親子関係ではなく、法律の擬制による関係であるから、夫婦の一方のみがこの関係を解消して、他の一方のみとの嫡出子同様の関係が残存したとしても何等不都合は生じないのである。そしてこのように婚姻継続中の夫婦の一方の嫡出子が他の一方と親子関係がないということは嫡出子のある者が婚姻した場合に常に生ずる状態であつて、養親夫婦の一方による単独離縁の場合に特有のものではないのである。従つて嫡出子の身分の得喪というが如き事由から、離縁について迄夫婦共同の原則を適用しなければならない理由を発見することができないのである。更に養親夫婦の一方のみについて離縁事由が存するに過ぎない等のため他の一方が離縁訴訟の提起に同調しないような場合において、養子を離縁せんとするには先ず養親夫婦が離婚することを要するということになつては、養親子関係を解消する手段として夫婦関係を解消することになり、目的より手段の方が重大な結果を来すことになるし、又離婚訴訟に勝訴して宿望の離縁訴訟を提起したが訴訟中に死亡するとか又は敗訴して夫婦関係は解消したのに肝心の養親子関係の解消ができなかつたというような本末転倒の悲劇的な結果を来すことも考え得られるところである。従つて、離縁の訴は養親夫婦の一方のみから又は一方のみに対して提起することが許されるものと解するを相当とする。殊に本件に於ては原告は本訴の提起前にその妻たねに対して当裁判所昭和二四年(タ)第四五号を以て離婚の訴を提起し本訴と同時に口頭弁論が終結せられていることは当裁判所に顕著な事実であるから、原告の単独提起に係る本訴は少なくとも右事由によつて適法といわなければならない。

そこで弁論の全趣旨により原告主張の如き図面であることが認められる甲第三号証、証人本橋はな、山田ミキ(一部)、寺田たね(一部)、本田二郎の各証言及び原告(日時の分を除く)被告(一部)各本人尋問結果を綜合すると原告夫婦と被告は訴外長田サチの仲介により養子縁組をし昭和二十年○月○十○日その届出をしたものであるが、被告が原告方で同居するようになつたのは同年○月○日頃被告の復員以来であること、原告と被告は同二十一年春財産税の納税に関しては意見が衝突して以来折合が悪く絶えず反目し、被告はしばしば家出して実家に帰つたこと、ところが同二十三年○月頃原告が腹痛のため臥床したので原告の妻たねがこれを介抱していた際脳貧血になつて失心したところ被告がつねを自己の居室に抱えて行き自己の寝床に入れて看病し、訴外本橋はなより二人が一緒に寝ていては世間に変に思われると忠告されたにも拘らず被告は親子が一緒に寝ていて誰が文句を言うものかと言つて、その後引続き数日間たねを同室に置いて介抱したこと、同年○月頃女中が原告の言付に反したので原告が女中並にその監督者であるたねに対して小言を言つているのを聞いていた被告は臥床した儘で原告に向つて「いい加減にしておけ」と言つたことからいさかいを生じ、その結果原告は同邸内にある本橋はな方に約二週間身を寄せるに至つたこと、その後原告は家に戻つてからもたねの世話を受けようとせず、たねも頑固で我儘な原告の世話をする誠意がなくなり、爾来たねは原告と寝室を別にして被告の居室に接近した一室を居室とし、原告の食事は勿論のこと身の廻り一切の世話をしないで専ら被告の世話をしており、原告の世話は女中任せにしていること、爾来被告は原告と同一家屋に居住しながら余り言葉を交さず原告が病気で寝ていても介抱をしようともせず自己の居室でたねと二人で夜深くまで談笑したり、花カルタ等をして興じたりしていること、被告は適齢を過ぎても結婚もせずたねと仲良くしているために使用人等にも両者が不倫な関係にあるものと疑われるようになつており、特に原告はそのように信じて煩悶と焦慮の日夜を送つていることが認定でき、右認定に反する証人山田ミキ、寺田たねの各証言並に原、被告各本人の供述は信用できないし、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

右認定の諸事実によると原告と被告との養親子関係は破綻を来しており将来両者が融和して正常な親子の関係に復帰する見込もないから、原告と被告との間には民法第八百十四条第一項第三号にいわゆる縁組を継続し難い重大な事由があるものというべきである。

右の次第であるから、原告の被告に対する本件離縁の請求は正当としてこれを容認すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 前田覚朗 白須賀佳男)

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